大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

仙台高等裁判所 昭和51年(ネ)192号 判決

控訴人 朝田巌

控訴人 朝田マレ子

右両名訴訟代理人弁護士 浅野幸一

被控訴人 有限会社大船渡陸運(旧商号有限会社志田運輸)

右代表者代表取締役 志田定

被控訴人 志田定

右両名訴訟代理人弁護士 佐藤唯人

被控訴人 木沢畑高男

右訴訟代理人弁護士 高橋治

被控訴人 川鉄鉱業株式会社

右代表者代表取締役 山地八郎

右訴訟代理人弁護士 阿部長

主文

一  原判決を次のとおり変更する。

(一)  被控訴人らは各自控訴人朝田巌に対し六〇六万〇、〇三四円及びうち五五六万〇、〇三四円に対する昭和四七年八月八日から、控訴人朝田マレ子に対し五八三万五、〇三四円及びうち五三三万五、〇三四円に対する前同日から各完済まで年五分の割合による金員を支払え。

(二)  控訴人らのその余の請求を棄却する。

二  訴訟費用は第一、二審を通じてこれを一〇分し、その九を被控訴人らの、その余を控訴人らの各負担とする。

三  この判決は、第一項(一)に限り仮に執行することができる。

事実

一  控訴人ら代理人は「原判決中控訴人ら敗訴部分を取消す。当審において請求を減縮のうえ、被控訴人らは各自控訴人朝田巌に対し六二七万九、一三八円及びうち五九二万九、一三八円に対する昭和四七年八月八日から、控訴人朝田マレ子に対し六一五万四、一三八円及びうち五八〇万四、一三八円に対する右同日から各完済まで年五分の割合による金員を支払え。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人らの負担とする。」との判決並びに担保を供せずして仮執行をなしうるよう原判決の仮執行宣言の変更を求め、被控訴人ら代理人らはいずれも控訴棄却の判決を求めた。

二  当事者双方の事実上並びに法律上の主張及び証拠関係は次のとおり附加訂正するほかは、原判決事実摘示のとおりであるから、ここにこれを引用する。(原判決一〇枚目表五行目に「運行供与責任」とあるを「運行供用者責任」と訂正する。)

(控訴人らの主張)

1  被控訴人川鉄鉱業の責任並びに同木沢畑の過失について、次のとおり主張を補足した。

(一) 被控訴人川鉄鉱業の責任

被控訴人川鉄鉱業と同大船渡陸運(旧商号有限会社志田運輸)との関係は、専属的かつ従属的関係にあり、被控訴人川鉄鉱業は被控訴人車両の運行供用者といえる。

すなわち、被控訴人川鉄鉱業は岩手県住田町世田米の採石場から大船渡市大船渡港岸壁まで鉱石を運搬することは不可欠な業務部門であったが、この部門については自己の企業内に包摂せず、被控訴人大船渡陸運など小規模の運送業者の人的、物的施設に依存し、これを適宜利用することによって企業の合理化を図り、営業利益を確保することにしていた。ことに被控訴人大船渡陸運は本件事故発生当時、被控訴人川鉄鉱業と専属的関係にあり、経済的には殆んど被控訴人川鉄鉱業の支払いにのみ依存しており、被控訴人川鉄鉱業の需要に常時応じうる輸送態勢をとっていた。このような場合、被控訴人川鉄鉱業は、被控訴人大船渡陸運及びその従業員の鉱石運搬業務の執行については、これを直接または間接に指揮監督し得べき立場にあったというべきであるから(のみならず本件では少なくとも間接に被控訴人大船渡陸運の従業員を指揮監督していた。)、この運搬作業の執行として使用されていた被控訴人車両についても、それが鉱石運搬として被控訴人大船渡陸運の従業員により運行されている範囲内では被控訴人川鉄鉱業はその運行による利益を有し、かつ運行による支配もしていたものと見るべきである。

(二) 被控訴人木沢畑の過失

被控訴人木沢畑は、本件交差点手前で信号待のため停車した後、発進して同交差点を左折しようとしたのであるが、かような場合、少なくとも併進車及びごく近接した後続車についてはその直進をやり過ごしてから左折するのが通常である。ところで本件の場合同被控訴人はその直進して来た国道四五号線は交通量が多く、しかも単車や自転車の進入する余地を左側に残して停車していたのであるから、二回にわたる信号待の間、自車左側に単車等が入り込んでくることは十分予想できる。そして信号待の間は進行中と異なって左後方、左側方に注意を集中し得る状況にあるのであるから、同被控訴人は余裕をもって左側後方を注意し得た筈である。しかるに同被控訴人は信号待の間一度もバックミラーを見ていないというのは、著しく左側後方に対する注意を怠ったものと言える。もし同被控訴人が左側後方に注意を払っていれば、被害者を視認し得たことは疑いない。仮に発進時被害者が「死角」にいたとしても――そのようなことはあり得ないのだが――同被控訴人は信号待の間一度もバックミラーを見ていなかったのであるから、発進に先立って「死角」をカバーできる程度の左側後方確認の義務があるというべきである。

2  控訴人らの主張する損害の項目中、

(一) 「(イ)逸失利益」(原判決五枚目表五行目から同六枚目表二行目まで)を次のように改める。

「逸失利益一、二六一万〇、三七六円。被害者は昭和二八年三月一日生れで死亡当時一九才の健康な女子であって、東北薬科大学二年に在学中であり、卒業後は薬剤師として稼働することになっていた。従って昭和五〇年三月右大学を二二才で卒業し、それと同時に六七才まで四五年間薬剤師として稼働するものとして計算すると、第二五回日本統計年鑑によれば、平均年齢三二・四才の薬剤師の平均給与月額は毎月きまって支給を受け得る給与一〇万九、六九八円、時間外手当七、〇四一円、役付手当六八八円の合計一一万七、四二七円となっており、また賞与等の特別給与は賃金センサスによれば、少なくとも年間三ヶ月分の給与額が支給されているので、これを右金額に加えた合計額から生活費としてその二分の一を控除し、これをライプニッツ式計算法により中間利息を控除した金額から、被害者の大学卒業までの学費、生活費の死亡時における現価一〇〇万円を控除すると、被害者の逸失利益は次のとおり一、二六一万〇、三七六円となる。

(109,698+7,041+688)×(12+3)×1/2×(18.077-2.723)=13,610,376

13,610,376-1,000,000=12,610,376」

(二) 「(ロ)慰藉料」(原判決六枚目表三行目)の金額を「四〇〇万円」と改める。

(三) 原判決六枚目裏五行目に「個有」とあるのを「固有」と、(同一一行目、同末行の「個有」についても同様)同六行目に「二、五〇〇、〇〇〇円」とあるのを「三〇〇万円」と各改める。

3  原判決六枚目裏八行目に「前記四(1)」とあるのを「前記(四)(1)」と、同一二行目に「九、九五四、八〇四円」とあるのを「九五五万五、一八八円」と、同七枚目表一行目に「九、七〇四、八〇四円」とあるのを「九三〇万五、一八八円」と、同七行目に「七、四〇四、八〇四円」とあるのを「七〇〇万五、一八八円」と、同八行目に「七、一五四、八〇四円」とあるのを「六七五万五、一八八円」と各改める。

4  むすびの項すなわち、原判決七枚目表末行から同裏六行目までの字句を削除し、「そこで被控訴人らに対し控訴人朝田巌は以上合計七五〇万五、一八八円及びうち弁護士費用を除く七〇〇万五、一八八円に対する被害者の死亡した昭和四七年八月八日から、控訴人朝田マレ子は以上合計七二五万五、一八八円及びうち弁護士費用を除く六七五万五、一八八円に対する右同日から、いずれも完済まで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める。」と挿入する。

(被控訴人大船渡陸運、同志田定の主張)

被控訴人木沢畑は左折に際しての注意義務をほぼ尽しているものと言える。ただ問題となるのは被控訴人木沢畑は本件交差点で左側に自転車などが入り込んでくる余地を残して停車したのであるから、停車後発進までの間に後方から自転車等の進入があるかどうかを常にバックミラーで確認し、もしそのような車両があれば、左折にあたりその動静に注意を払い、安全を確めたうえ左折すべき注意義務があるかどうか、また左折発進するにあたりバックミラーで自車左側の車両の有無を確認するだけでなく、直接肉眼により自車左側の死角内の車両の有無を確認すべき注意義務があるかどうかの二点であるが、前者の注意義務に関して言えば、信号待のため交差点手前で停止した車両の運転者は信号の変化や横断歩道上の歩行者の状況等にも気を配らなければならないので、絶えずバックミラーを見続けるということは困難であるから、運転者には発進の際の確認義務はあるにしても停車後発進までの間にも前記注意義務があるとは言えないし、仮にそのような義務があるにしても、これを怠ったことをもって重大な過失があると言うことはできない。また後者の注意義務に関しては、車両運転者は左折発進に際してかかる注意義務は負わないし(最高裁昭和四五年三月三一日判決刑集二四巻三号一二二頁参照)、仮にそのような注意義務があり、これを怠ったとしても、その過失の程度は小さい。これに反し被害者には、被控訴人車両の左折進行を妨げないよう注意すべき義務(左折車優先の原則)があったのであるから、これを怠った被害者の過失は大きい。

(被控訴人川鉄鉱業の主張)

1  下請会社の被用者が事故を起した場合、元請会社がその事故による責任を負うか否かは、元請、下請の専属的関係の有無、元請会社の下請会社被用者及び車の運行に対する指揮監督の有無程度等元請、下請の実質関係を考察してなされなければならない。元請会社と下請会社との間には請負契約という独立の人格主体間の契約が介在しているのであって、互いの法人格の独立を認める以上、右のような実質関係を考察するにおいては、通常の使用者責任の場合よりは更に慎重を要するべきものであり、一方の被用者の過失に基づく事故の責任をたやすく他方にまで及ぼすことは許されない。

このことは企業の社会的責任を考慮する場合でも何ら異なるところはない。

なるほど企業が車の運行という危険を伴いつつ利益をあげている実情を考えた場合には、その車の運行事業を自己の企業組織内に包摂することなく、これを下請会社に担当させることにより、どんな場合にも車の運行から生ずる責任を下請会社にのみ負わせるということであれば不合理な面もあると言えよう。しかし他方、その下請会社もまた独立の法人格を有し、車の運行事業により独自の利益をあげているのであるから、いかに企業の社会的責任を強調する立場に立っても、元請、下請両社間の実質関係において下請会社の独自の主体性が認められ、その車の運行に対して元請会社の実質支配がほとんど認められない以上、元請会社に責任を負わせることはできないといわなければならない。

右のような観点から本件における被控訴人川鉄鉱業と同大船渡陸運との実質関係を見るに、そこには請負契約関係を必要以上に越えた支配関係は何ら認められないのであって、両者の関係がこのようなものである限り、被控訴人川鉄鉱業の社会的責任ということを考慮しても同被控訴人に本件事故の責任を負わせることはできない。

(証拠関係)《省略》

理由

一  本件事故の発生

昭和四七年七月二八日午前八時五〇分ごろ、岩手県大船渡市大船渡町字新田地内の旧国道四五号線上の交差点において足踏自転車に乗り南進中の朝田久仁子が、被控訴人木沢畑高男運転の大型貨物自動車(以下被控訴人車両という。)に轢過され、肋骨及び骨盤骨折並びに内臓破裂の傷害を受け、同年八月八日死亡したことは当事者間に争いがない。

二  本件事故の態様

《証拠省略》によれば、次のような事実を認めることができる。

(一)  本件交差点は、国鉄大船渡駅方面から盛駅方面にほぼ南北に通ずる歩車道の区別のある幅員は約一五・一〇メートル(車道幅員は約九・一〇メートル)でアスファルト舗装された旧国道四五号線(現在市道丸森権現堂線)とこれに東西からの道路すなわちその東方は赤崎町方面に至る歩車道の区別のある幅員約一一・七〇メートル(車道幅員約九・一〇メートル)でアスファルト舗装された市道川口線(以下たんに市道という。)、西方は上山部落に至る幅員約五メートルの道路とが交差して形成されているが、旧国道北方すなわち後に触れる被控訴人車両の進路から見て市道への進入路は凡そ七三度の鋭角となっている。そして本件交差点には信号機が設置されており、西方への道路を除く各道路には横断歩道並びに車両停止線が設けられている。なお、旧国道の両側には商店や事務所がたち並び、交通量は現在並びに本件事故当時ともかなり頻繁であった。

(二)  被控訴人木沢畑は大型貨物自動車の荷台に石灰砕石を満載し、これを運転して旧国道四五号線を国鉄盛駅方面から大船渡駅方面に向け南進し、本件交差点で左折すべく方向指示器を点滅させ左折の合図をしながら同交差点に接近したのであるが、折りから停止信号であったため数台の先行車両に続いて停止し、まもなく信号が変り前進したものの、交差点附近を通過する車両が多かったため、ふたたび同交差点で信号待をした。そして被控訴人木沢畑は、横断歩道手前の停止線附近で同一方向に進む車両の最先頭に道路左側端までかなりの余地を残して停車していたのであるが、右停車の間バックミラーを通して左側後方を注視することがなかったので、この間に数台の後続車両の左側を通り抜け自車の左側に入り込んで来た被害者の足踏自転車に全く気付かなかった。まもなく信号が変ったので、同被控訴人はバックミラーにより左後方を確めたところ、一台の自動二輪車(被害者の自転車の後続車両)を認めたのであるが、同二輪車がそのまま停止を続ける様子であったので、それ以上左側方に注意を払わず発進した。ところで同交差点左方は鋭角の進入路であるため、被控訴人木沢畑は発進後やや大廻りしながら赤崎町方面に向け左折を開始し、右市道の横断歩道上を通過した際何かに接触した気配を感じ、これを確認すべく左右のバックミラーを見たものの特に異常を認めなかったので、そのまま九メートル程進行した地点で一時停止し右側の窓から顔を出し後方を確認したところ、自車右後車輪附近に倒れている被害者を発見した。

(三)  一方被害者は旧国道四五号線を足踏自転車に乗って被控訴人車両と同一方向に走行し、同車両より遅れて同交差点に至り、信号待をしている被控訴人車両の後続車の左側を通り抜けて被控訴人車両とほぼ並列状態で停止した。そして信号が変わるや被控訴人車両とほぼ時を接して発進し、同交差点を直進しようとして同交差点中程まで進行したところ、左折して来た被控訴人車両の左側前部附近と接触して自転車もろとも横倒しとなり、そのまま進行を続ける被控訴人車両の左右前車輪の間に入り込む形となり、その結果後車輪で身体を轢過されてしまった。

以上の各事実を認めることができ(る。)《証拠判断省略》

三  被控訴人らの責任

(一)  被控訴人木沢畑高男の責任

被控訴人木沢畑としては右交差点で信号待をした後、これを左折しようとしたのであるが、右のとおり被控訴人車両は進入道路との関係で左側に自転車や単車が入り込む余地を残して停止し、しかも旧国道は交通のかなり頻繁な道路であったから、発進までの間に自車と歩道縁石との間に自転車や単車の入り込むことが十分予想され、従って同被控訴人としては停止後発進までの間常時後方から進入することのあり得べき自転車や単車の有無に注意を払うべき必要はないまでも、少なくとも発進の際かような車両の有無の確認に努め、もしそのような車両があれば、その動静に注意を払い、安全を確めたうえ発進すべき注意義務のあることは勿論、発進後も被控訴人車両の進入しようとする左方道路が鋭角で旧国道と交差しているため、同被控訴人としてはまずやや右寄りに進路を変えて進行した後、交差点内で左に向きを変えるという変則的方法をとらなければならず、もしかような被控訴人車両の動きを見て同交差点を直進し若しくは右折するものと誤信し、そのその左側を並進しあるいはやや遅れて自車の左側方を通過しようとする車両があれば、その進路を妨げることになるわけであるから、同被控訴人としては交差点内で左に向きを変え、つまり完全な左折態勢に入る直前に前方のみならず再度左側ないし左後方の車両の有無及びその動静に注意を払うべき義務もまたあるものといわなければならない。

しかるに同被控訴人は方向指示器による左折の合図をし、かつ発進に際し左後方を確認したものの、その確認の方法はたんにバックミラーを通して一回瞥見したというだけであったため、自車左後方に停止している一台の自動二輪車を認めたが、その前方に停止していた被害者の自転車を見落し、右自動二輪車が発進する様子がなかったので、安全に左折できるものと判断して、それ以上左側ないし左後方に対する注意を払わずに発進したことは前記認定のとおりであるから、同被控訴人には発進にあたり左側方に対する注意義務を十分に尽さなかった過失があるものというべきである。

被控訴人らは、被控訴人木沢畑は左側方を確認したのであるが、被害者の自転車が死角にあったため発見できなかった旨主張するところ、なるほど同被控訴人は発進に際しバックミラーを通して左後方を確認したものの、被害者の自転車に気付かなかったことは前記認定のとおりであるから、右自転車は同被控訴人からみてきわめて見え難い位置にあったことは否めないが、しかし《証拠省略》によれば、被害自転車のような縦長の物体はバックミラーとアンダーミラーにより運転席から視認可能であったことが認められるし、また運転席からわずかに身体をずらすことにより自転車にまたがっている被害者を認めることも決して困難なことではないことも窺われるのである(更に言えば右自動二輪車の停止位置から、その前車の存在を推知することも可能であった。)から右主張は理由がない。

また同被控訴人は発進後同交差点内で左折態勢に入る直前左側方ないし左後方に対する注意を払わなかったのは前記認定のとおりであるから、同被控訴人はこの点においても過失を免れない。

結局被控訴人木沢畑には右のような過失があるものというべく、本件事故の直接の加害者として損害賠償責任を負うべきである。

(二)  被控訴人大船渡陸運及び同志田定の責任

被控訴人大船渡陸運(本件事故当時の商号は有限会社志田運輸)が本件事故当時被控訴人車両を運行の用に供していたことは控訴人らと被控訴人大船渡陸運との間には争いがなく、前記のとおり本件事故が被控訴人木沢畑の過失に基づくものであることが明らかである以上、被控訴人大船渡陸運につき自動車損害賠償保障法第三条但書の免責事由があるとする同被控訴人の主張は理由がないので、被控訴人大船渡陸運も運行供用者としての責任を免れないものといわなければならない。

また《証拠省略》によれば、被控訴人大船渡陸運は本件事故当時いわゆる同族会社であって従業員の選任監督ともその代表取締役である被控訴人志田定自らこれにあたっていたことが認められ、右認定に反する証拠はない。そして本件においては同被控訴人が被控訴人木沢畑の選任監督につき相当の注意をしていたことないし相当の注意をしたがなお本件事故が発生したことについて何らの主張も立証もないのであるから、被控訴人志田定は民法第七一五条第二項の代理監督者としての責任を免れない。

(三)  被控訴人川鉄鉱業の責任

《証拠省略》によれば、次の事実が認められる。

(1)  被控訴人川鉄鉱業は鉄鉱石その他の鉱物及び土石の採掘、加工及び売買等を営業目的とする株式会社(本件事故当時資本金四億円)で、全国に七ヶ所の事業所を有し、うち大船渡鉱業所は岩手県気仙郡住田町附近の気仙鉱山から石灰石を採掘したうえ、これを大船渡港岸壁から千葉の川崎製鉄株式会社の事業場まで海上輸送することをその事業内容としているが、同被控訴人は事業遂行上不可欠とも言うべき同鉱山から大船渡港岸壁までの石灰砕石の運搬についてはこれを自ら行うことなく、他の中小規模の運送業者に委託し、本件事故当時は被控訴人大船渡陸運ほか大和運輸合資会社、合資会社住田貨物の三社に行わせていた。

(2)  そしてこれら三業者ごとに被控訴人大船渡陸運と被控訴人川鉄鉱業との間には、本件事故当時後者を運送委託者、前者を運送人とする継続的運送契約が締結されているだけで、それ以上に資本提携、経済援助、役員派遣、施設貸与等は行われていなかったし、また被控訴人大船渡陸運の運送車両に被控訴人川鉄鉱業の名称を表示することもなかった。

(3)  しかし、被控訴人大船渡陸運は被控訴人川鉄鉱業の石灰砕石を運搬するため、はじめ志田組輸送部の名称で特定貨物自動車運送事業免許を取得し、以来いわば企業ぐるみで専属的に被控訴人川鉄鉱業のため右運搬に従事していたものであって、この間昭和四五年三月会社組織をとって有限会社志田運輸(資本金一〇〇万円)となってからも右関係は変わらなかった。ところで同被控訴人は昭和四七年三月一般区域貨物自動車運送事業免許を取得し、岩手県内において一般貨物の運送にも携わり得るようになったのであるが右免許申請は同被控訴人自らの発意によるものではなく、経済情勢の変化を懸念した被控訴人川鉄鉱業の配慮によるものであったし、また右免許取得後少なくとも本件事故発生当時までは他の土建業者等から個別的に委託されて土砂等の運搬にあたることはあっても仕事量としては僅かで、依然として被控訴人川鉄鉱業の仕事量が圧倒的割合を占め、従ってその営業収入は同被控訴人に依存するところが大きかった。

(4)  また実際の運搬作業の面では、被控訴人大船渡陸運所属の運転手は同被控訴人の配車計画に従って運搬に従事し、その運行も同被控訴人の運行管理者により管理されるところであったが、被控訴人川鉄鉱業は月一回位の割合で保安会議を主宰し、同会議には被控訴人大船渡陸運のほか前記二運送業者の出席を求めて右三社に月間作業量の割当てを行なうとともに、鉱山での作業並びに道路走行上の諸問題を採り上げ意見交換を図っていたのであるが、席上被控訴人川鉄鉱業から被控訴人大船渡陸運ら運送業者に対し交通事故防止に留意するよう一般的な注意がなされたこともあったし、また被控訴人大船渡陸運は被控訴人川鉄鉱業との間の作業請負基本約款に基づき交通事故発生の際にはその内容を詳細に報告するとともに、事後の措置については被控訴人川鉄鉱業の指示に従うよう義務づけられており、事故多発を理由に始末書を徴されたこともあった。

以上の各事実が認められ、右認定を左右するに足りる証拠はない。

右認定の事実に基づき被控訴人川鉄鉱業と同大船渡陸運との関係をみると、両者間には独立の人格を有する企業間の委託運送契約の存在が認められるのみではあるが、しかしその実態をみるに、被控訴人川鉄鉱業は、本来自らの営業部門に包摂されるべき石灰石等の運搬の一部を被控訴人大船渡陸運ら中小規模の運送業者に委託してこれを行わせ、被控訴人大船渡陸運は、もともと被控訴人川鉄鉱業の石灰石等の運搬を目的として営業を開始したもので、この関係は、被控訴人大船渡陸運が一般区域貨物自動車運送事業免許取得後少なくとも本件事故当時まではほとんど変わるところがなく、従って両者間には経済的にみて強い支配・従属関係が認められるうえ、被控訴人大船渡陸運の保有車両の運行につき被控訴人川鉄鉱業からの直接の指揮監督は認められないにせよ、間接的に指揮監督を及ぼしていたことは前記基本約款の記載ないし保安会議の状況に徴して窺い知ることができるのであるから、被控訴人川鉄鉱業は、被控訴人大船渡陸運の車両の運行につき利益並びに支配を有し、そして本件事故が被控訴人川鉄鉱業の作業の遂行の過程で発生したものである以上、被控訴人川鉄鉱業も自動車損害賠償保障法第三条にいう運行供用者責任を負うべきものと認めるのが相当である。

四  被害者の過失

前記認定事実によれば、被控訴人車両は右交差点で信号待の間左折の合図をしていたのであるから、これに遅れて右交差点に到達した被害者としては通常の注意を払うことにより、右合図に気付いた筈であり、そうすれば、信号が変って同交差点を直進する際に、被控訴人車両の進行状況に留意し危険を回避し得たものと思われる。それにもかかわらず、被害者が信号が変わって後被控訴人車両とほぼ時を接して発進し、同交差点を直進しようとしたのは被控訴人車両の左折の合図を不注意で気付かなかったものかあるいは右合図に気付きながら被控訴人車両が同交差点を大廻りしつつ左折すべく右にやや進路を変えて進行するのを見て自己を先に通してくれるものと軽信したか、その何れかであると思われ、被害者にも過失のあることは否めない。ただ被害者の右過失を被控訴人木沢畑の前記過失と比較するときあまり過大視することは適切とは言い難く、被害者の過失と被控訴人木沢畑の過失の割合は一対九とみるのが相当である。

なお、被控訴人らは、道路交通法第三四条第五項を根拠に被害者には被控訴人車両の左折進行を妨害してはならない義務があるのにこれを怠った過失がある旨主張するが、同条項は先行車が左折のため従来の進路を変更すべく左折の合図をした場合において、その進路の変更、左折の場合には道路の左側端への移行を妨害してはならない旨の義務を後続車に課した規定であって、本件の場合には当らず、従って右主張は理由がない。

また被控訴人らは、被害者は交差点における軽車両の通行方法に違反し、しかもその左側を追越そうとした過失がある旨主張する。足踏自転車のような軽車両が交差点を右折する場合の通行方法については道路交通法第三四条第三項の規定するところであるが、交差点を直進する場合の通行方法については道路交通法上特別の定めはない。従って軽車両が交差点を直進する場合には、自動車の場合と同様の通行方法をとることは適法と解せられるのであるから、通行方法に違反するとの被控訴人らの主張は当らないし、また前記のとおり被害自転車は右交差点で被控訴人車両と並列状態で停車していたのであるから、彼と此とは「進路」を異にするものがあり、従って本件は追越の場合に当らないと考える。

よって被控訴人らの右各主張はいずれも理由がない。

五  損害

1  被害者

(一)  逸失利益

被害者が死亡当時一九才(昭和二八年三月一日生)の女子であって、東北薬科大学二年在学中であったことについては当事者間に争いがないので、特に反対の事情のない限り、被害者は本件事故に遭遇しなかったならば、昭和五〇年三月に二二才で同大学を卒業したものというべきである。そして《証拠省略》によれば、被害者は大学卒業後は薬剤師として勤務稼働する希望を有していたことが認められるところ、《証拠省略》によれば、東北薬科大学にあっては被害者と同年度に入学した女子学生の昭和五〇年実施の薬剤師国家試験の合格率は八三%であったから、被害者の在学中は七九名中三八位という成績をもってすれば、特別の事情のない限り、同試験に合格して薬剤師の資格を取得し得たものと認めるのが相当である。従って被害者の逸失利益算定にあたっては、薬剤師の全国平均給与を基準とするのが適切であると考えられるところ、成立に争いのない甲第一一号証(総理府統計局作成の第二五回日本統計年鑑第二九三表職階および職種別従業員数平均年齢および平均給与月額)によれば、平均年齢三二・四才の薬剤師の昭和四九年四月における月額平均給与の合計は一一万七、四二七円(内訳きまって支給する給与一〇万九、六九八円、時間外手当七、〇四一円、役付手当六八八円)であり、さらにこの他賞与等の特別給与として年間三ヶ月分の給与相当額が支給されることが賃金センサスにより明らかであるから、右の毎月きまって支給される給与の三ヶ月分をこれに加算し、これをもってその基準とすべきである。

そして《証拠省略》によれば、同大学の卒業予定者は前年度に就職が内定し、卒業後四月に実施される薬剤師国家試験に合格して右資格を取得すると同時に正式に採用されるのが通例であることが認められるので、被害者は昭和五〇年五月から薬剤師として就労可能であったと推認されるところ、厚生省作成の生命表並びに職種に基づきその稼働期間を六七才まで四五年間とみて、同人の生活費として前記各給与額の五〇パーセントを差引いた金額を基準にライプニッツ方式により中間利息を控除して計算することとし、なおこれから被害者の死亡により控訴人らが支払いを免れた同人の稼働開始までの学費を含む生活費一〇〇万円を控除すると、その総計は一、二五二万二、二九八円となる。

(109,698+7,041+688)+(12+3)×1/2×(18.077-2.723)=13,522,298

13,522,298-1,000,000=12,522,298

(二)  慰藉料

前記認定のとおり、被害者は本件事故により重傷を負い、その一一日後に死亡したのであるが、右傷害の部位、程度のほか、その年齢、生活状況など諸般の事情を考慮すれば、被害者固有の慰藉料としては三〇〇万円が相当である。

2  控訴人ら

(一)  葬儀費用 二五万円

《証拠省略》によれば、控訴人朝田巌は被害者の葬儀費用として二五万円を支出したことが認められるが、右は相当の金額の範囲内のものと認める。

(二)  慰藉料 各一〇〇万円

控訴人朝田巌、同朝田マレ子が被害者の父母であることは当事者間に争いがないが、控訴人らの慰藉料としては各一〇〇万円をもって相当の金額を認める。

(三)  弁護士費用 各五〇万円

本件訴訟における事案の難易、請求認容額などからみて、控訴人らにつき各五〇万円が相当と認める。

六  以上のとおり、被害者は本件事故によって前記五の1(一)及び(二)の合計一、五五二万二、二九八円の損害を蒙ったことになるが、被害者にも前記過失があるので、過失相殺(その一割を減額)すれば、その金額は一、三九七万〇、〇六九円となる。

そして控訴人らは被害者の父母として各相続分に応じて被害者の右損害賠償請求権を承継取得し、これと控訴人ら固有のもの(前記五の2の(一)及び(二)。但し被害者の場合と同様過失相殺により一割を減額)とを合算すれば、控訴人朝田巌は八一一万〇、〇三四円、同朝田マレ子は七八八万五〇三四円の損害賠償請求権を有することになる。

ところで、本件事故に関し、控訴人らに対してはすでに自動車損害賠償責任保険金として五〇〇万円が支払われていること並びに被控訴人大船渡陸運から一〇万円が支払われていることは控訴人らの認めて争わないところであるから、右金額を各二分の一の割合で控訴人らの右金額から差引けば、控訴人朝田巌については五五六万〇、〇三四円、同朝田マレ子については五三三万五、〇三四円となり、これに前記各弁護士費用を加えた金額が、被控訴人らに対しその請求しうべき損害賠償金額である。

七  よって控訴人らの本訴請求は被控訴人らに対し各自控訴人朝田巌が六〇六万〇、〇三四円及びうち五五六万〇、〇三四円(弁護士費用を除いた額。)に対する被害者の死亡した昭和四七年八月八日から、控訴人朝田マレ子が五八三万五、〇三四円及びうち五三三万五、〇三四円(前同様)に対する前同日から、それぞれ完済まで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める限度において正当としてこれを認容しその余は失当として棄却すべきものであるところ、これとその趣旨の一部を異にする原判決を主文のように変更すべく、民事訴訟法第三八四条、第三八六条、第九六条、第八九条、第九二条、第九三条、第一九六条を各適用して主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 佐藤幸太郎 裁判官 武田平次郎 武藤冬士己)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例